[ネコ]

くしゃ、と濡れる髪を撫でられた。言外に、さっさと乾かせと鋭い目が言っている。

それに睨むように不満げな視線を返せば、バスタオルを投げられた。

「せめて早く拭け。テメェは碌に自分の世話も出来ねぇのか」
「冗談・・・自分とお前の世話までしていますよ。」
「言うじゃねぇか。」

言ってから、失敗したと解っていた。どう考えたって、世話をされているのは自分なのだ。

スクアーロはこう見えて家庭的で、自分はこれで居て大雑把。悪い意味で。

髪だって、面倒になって妖怪さながらに湿ったまま放置してソファで寝転んでいるところをスクアーロに強制連行でドライヤーを当てられるのが日常茶飯事。

バジルからすれば、彼があんなにも細かく髪に気を使っていられるのはいっそ才能だとすら思っている。自分ではどうやったって無理だった。

結局今日も、呆れたというより諦めたスクアーロがドライヤーを手に戻ってくるのを横目で見ながら、されるがままに髪を乾かされる。我ながらふてぶてしいと思ったが、この男の前でだけだ。人生の内で、そう長い時間じゃあない。偶には、これくらい。


不意に、熱風の音に混ざってスクアーロが笑った。鼻で。
ネコみたいな奴だ、と。どこを差して言ったのかは知れない。

「そうですか?」
「あいつらの前じゃあ犬だけどなぁ。」
「・・・猫、飼った事があるんですよ。」


悪戯っぽく振り返る。スクアーロは少し、意外な顔をしていた。
バジルは物にも人にも執着をあまりしない。否、執着をしてもその中心に自分はいない。だから、ペットを飼うなんて意外だったのだろう。

「・・・昔、野良を拾って。」
「笑い話か?」
「でも3日しかいませんでしたけどね。・・・逃げられました。」


今度は彼は盛大に笑った。彼の笑いの的を射るようなオチだったのだろう。

「野良犬が猫を飼うなんざ、聞いたこと無ぇからなぁ?」
「ご飯、あげたんですけどね・・・名前もあげたのに。薄情な奴でした。」

スクアーロは相変わらず笑っているが、思い出すと少し悲しい。

自分は、かなり本気だったのに。一緒に生きていこうと思っていたのに。

「分不相応だったんだろ、テメェが命を預かるなんざ。・・・自分の命の面倒見れるようになってからだなぁ?」
「なんとでも。」


スクアーロの言葉が苦い。でも、長い髪の一房を丁寧に乾かす彼にこの表情は読めていないだろう。


そう、分不相応だったのだ。きっと。

猫が欲しかったんじゃない。命が欲しかったのだから。自分無しでは世界にいられない、命が掌の中に欲しかった。なんて、馬鹿らしくて卑怯なことだろう。
そんな打算的な事を思っていたからきっと、あの猫だって。


「ほらよ」


終わった、と仕上げのようにスクアーロが髪を掬う。
先程までとは別物のような、柔らかで繊細な髪がスクアーロの掌で流れる。


猫は丁度、この髪と同じ色をしていた。なんて言ったらこの男はまた笑うのだろう。だから、言わないでおいた。


昔、掌の中に命を欲しがって猫を飼おうとした自分が

彼好みの長髪を彼の掌の中で遊ばせる、猫になってしまうなんて。


酷く屈辱的なような気もするが、でも、それでも構わない。



だって命が欲しかったのは、きっと、要するに。


傍に温もりが欲しかったということで、得たかったのはきっと、呼吸の出来る居場所で。
今それがここにあるのならば、猫がどちらでも構わないのだから。

人生の中で今だけ、ほんの、少しだけ。
掌に甘える猫でいたい。