例えば青い空だって、カーテンを閉めてしまえば見えなくなるでしょう?
そんなもので、気分次第でどんな良い天気だって鬱々として感じることもあるし、例え曇天の空であっても大変晴れやかな気分になることもあるものです。

だから、だから。

世界がその目に映るまま、明日も同じようにあるなんて限らない。
でも、それをまだあまり良く理解されて居られない、おぬしが羨ましいとも思うのです。



Change the World:ツナバジ



「喉渇いちゃった・・・ジュースでも持ってくるけど、バジルくん炭酸平気だっけ?」

蝉の声がじわじわ、響く夏の日。
薄い生地のシャツをぱたぱたとはためかせて、ツナが苦笑するのにバジルはゆるゆると首を横に振った。

「拙者の事はお気になさらず。」
「飲める?飲めない?」

しかしながら、修行の日々ですっかりバジルの扱いになれたツナはものともしない。
2つの道だけを用意して、そして意図した返事がもらえるとにこりと笑って階下へ降りていった。

軽い足音が響く。
どこか遠くで、子供の遊んでいる声がする。車の走る音がする。風が止まっている気配がする。じわ、じわ、と

夏の昼下がりの
バジルには馴染みのない空気が、けれどどうしてか懐かしいような、落ち着くような、気がするのは
きっとこの部屋だからだろう。


机の上には、ツナがさっきから投げ出しては拾ってを繰り返している宿題。
日本語が書けないバジルは、大して役に立たないながらも傍に居る。

もうあと僅か、気合を入れて頑張れば終わるのだろう数ページ。
しかし果たして、虫の鳴く頃合までに終わるかどうか?

全てはツナのやる気次第なのだが、ジュースを入れにいったところを見ると今日はもう難しいかもしれない。元より、今日で終わらせなければならない理由などないのだから尚の事。




その内またぱたぱたと足音がして、ツナが足でドアを開けてお盆を持って入ってきた。
水滴のついたグラスをテーブルに置く。

触れると、冷たくて気持ちが良かった。今更、喉が渇いていたのだと気付く。


「あ」

ツナが、そっとバジルの腕を撫でる。
僅かに水滴で湿った指の温さが少しだけ不快ではあったが、それがまた何とも言い難い安堵感を感じさせた。バジルはその、気持ちの名前を知らないけれど。

「蚊だ。」
「え?」
「蚊に刺されてる。・・・嫌だなぁ、部屋に入ってきたんだ。夜は蚊取り線香炊かないとね。」
「・・・はぁ。」
「痒くない?」

言われれば、そんな気もしてくる。
ついつい伸びた逆の手を、ツナが軽くぺしりと叩いた。

「駄目だよ、掻いたら。・・・薬、出しておいてもらうから。」



ツナがグラスに口を付ける。


すぐ近くに蝉が止まったようで、声が大きくなった。じりじり、暑さが増す。



夏の声、気配、そして
二人の部屋。
放置した宿題と、水滴を纏うグラス、冷たいジュース。
歯痒い蚊刺されの赤。



何ていう平穏だろうか、と、バジルは思った。

居心地が良い。だからこそ、落ち着かない。自分には。

けれど彼にはこれが普通なのだろう。それは、何と幸せなことだろうか。


彼はまだ知らない。
こんな日々がどんなに貴重なものか。
これからどれだけ遠ざかっていく日々なのか。まだ、知らない。


それが可哀想でもあり、羨ましくもある。


しかしながらそんなものを上手く説明できる程バジルは言葉が達者ではなかった。




「・・・残りの宿題、頑張りましょうね。」


結果、何気ない続きを。
単なる夏の、続きを口にする。




嫌そうに顔を顰めてみせるツナに笑って、それからそっと

例えどんなものになろうとも

今後変わり行く目の前の少年の世界が、彼にとって少しでも幸せの多いものであることを願った。


こんな日々は、終ぞ繰り返されないだろうから。

だから、どうか、
それがどんな世界であっても

彼の笑顔だけは、潰えないように。