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それは途方も無く広い、遠い、海のような距離を隔てて 「言葉」 スクバジ 「・・・ふぁ」 小さな欠伸を立てると、それ見たことかと言わんばかりにスクアーロが眉を顰める。 それはいつものようなからかいの意を含んでいるようには見えなくて、真面目なその顔が一層の恥ずかしさと情けなさを誘う。 バジルは、それがスクアーロだからと言う理由以上に不必要な悪意をむき出しにして、唇を噛み締めた。 まるきり、子供の八つ当たり。 スクアーロはそれっきり、何も言わずに視線を手にしていた新聞に戻した。 何時の間にそんなものを買っていたのかと、バジルは目を丸くする。 スクアーロとバジルがこの部屋に訪れたのは、一昨日の夜。 勿論、仕事の上でだ。 スクアーロの監視に自分が宛がわれたのか、自分の補佐にスクアーロが宛がわれたのか、いまいち理由は定かではなかったが、兎に角「行け」と言われれば否とは言えない性分だ。 すぐに支度を終えて、スクアーロと合流して飛行機に乗った。 目的地は、バジルの訪れたことの無い国。 と言って、別に箱入り息子でも在るまいし国外への仕事なら経験がある。 空港でもたもたするようなみっともない真似は見せなかったし、仕事だって・・・勿論スクアーロに武力で敵うことはなかったが、バジルはバジルなりに、任務をきちんと全うできた。 バジルにとって面白くなかったのはその後。 今回、ボンゴレと協力関係にあったファミリーから所謂接待というものを受けたのだ。 スクアーロもバジルもそんなものは好きでも無かったし、どうせまだイタリアへ帰れないのなら部屋でのんびりとしている方が幾分もマシだったのだが、それでもファミリーと協力者の交友関係を勝手に断ち切るわけにはいかない。 彼らから誘いを受けるなんていうことは予想もしていなかったが、厄介な問題を解決してくれたスクアーロとバジルに対し、彼らは非常に友好的に対応してくれたのだ。大方余程問題に頭を痛めていたに違いない。 その感激っぷりは凄まじく、殊、スクアーロの剣術には見事だ素晴らしいと賞賛の嵐だった。 「まだ時間があるだろ、寝てろ。」 「・・・」 余裕の表情で、珈琲を啜る姿が憎い。 スクアーロとバジルが部屋へ帰ってきたのは明け方の2時。 それからバジルは、殆ど眠る事が出来なかった。 悔しかったのだ。 「・・・オレは何も言ってねぇだろうが」 「・・・知ってます。」 飲み会の騒ぎの間、バジルは常にスクアーロの背中の裏に居た。 何故か? 「・・・拙者は、子供扱いされていましたか・・・?」 スクアーロの剣術に敵わなかったのが悔しかったのではない。 言葉が、わからなかったのだ。 異国の地で、彼らはバジルがその土地の言葉を知らないと解ると別の言葉も使ってくれた。 しかし、バジルには教養が無い。 幼児が言葉を覚えるのと、成長してから言語を覚えるのとでは訳が違う。 バジルは言葉以外にも、多くの必要なことだけを急速度で学んでいった。 その分、抜け落ちているところが多いのだ。 言葉も、その内の一つ。 「・・・そりゃあ、子供だからな。」 「・・・」 今までそれを、こんなにも悔しく思ったことは無かった。 勿論、向上心の強いバジルだからこのままで良いと思っていたわけではない。 けれど、家光もディーノもゆっくり覚えていけば良いと言ってくれた。 必要なこと、命に関わることだけを先ずは覚えれば良いのだからと。 それでも今回は、言葉を喋れないこと。自分が無知なことが酷く恥ずかしく思えた。悔しかった。 スクアーロは、あれで博識なのだ。 彼はバジルの知らない言語を、いとも容易く操って見せた。 今読んでいる新聞だって、バジルには絵文字にすら見えないものなのに。 ヴァリアーは何ヶ国語も習得しているのだと聞いたことはあったが、実際に目の当たりにするまで何とも思っていなかった。 けれど。 「・・・悔しいのか?」 「・・・悔しいです。」 武力でも敵わない。 そして、知識でも。彼は自分の上を行く。 8年の経験の差、そして学んできたことの差を痛い程に見せ付けられる。 ディーノのように、年上らしく自分に振舞うことなど殆ど無い気侭な男なのに。 それで居てやはり如何しようもなく、彼は年上なのだ。大人なのだ、立派な。 バジルの知らないことを沢山知っていて、彼はきっとどんな国でも暮らしていける。 知っている言葉の数だけ、多くの世界を見てきたのだろう。 バジルの知っている世界は、ほんの小さなものに過ぎない。 とても、敵う筈も無い。 悔しくて、やりきれなくてバジルは枕に顔を埋めた。 スクアーロは笑ったようだったが、顔を上げられなかったのでバジルには解らない。 ベッドで枕を抱える自分と 珈琲片手に新聞を読む彼と そこには、とてもとても大きな距離が存在している。 手を伸ばせば届く癖に、実際そう近くにはいないのだ、彼は。 後数時間でこの国を発つだろう。 その手続きすら、多分スクアーロがしてくれるのだろうと思うとバジルは居た堪れなさに目頭が熱くなった。 彼の周りの誰一人として、大人になれと急かしたりはしないけれど。 でも、何よりも誰よりも、スクアーロの背中に隠れる自分だけは嫌だった。 |