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水辺 



少し涼んでいこうよ、とツナが足を止めたのは近所の公園だった。
こんなところがあるんですね、と木漏れ日の中を歩くバジルが物珍しそうにしている様子に、なんとなくツナは不甲斐なく思う。考えればわかりそうなものだった。部屋でゲームなんかしているより、余程バジルは喜んだだろうに。もっと、連れて来てあげれば良かった。

ジジッ、と蝉が逃げる。この頃になると、なんとなく彼らの鳴き声には迫るものがあるような気がする。
もうすぐ蝉も居なくなる。


「・・・ここは、公園ですよね?」

バジルに聞かれ、その場凌ぎでも会話を続けたかったのに良い言葉が出てこない。思えば、小さい頃から何度となく来ていたはずの公園なのに、その名前すら知らない。

「・・・水の公園、って呼んでた。今思えばちゃっちい公園なんだよね。遊具も無いし。」

環境整備か何かが目的なのか、子どもが駆け回って遊ぶ公園というより大人が散歩する為にあるような公園。それも、余所行きの綺麗な舗装がされていない為に散歩する人も少ない。昔よりは大人になった今から思えば、淋しい公園だ。

「良く来られるのですか?」
「昔はね。・・・遊び道具はなかったけど・・・ほら、向こうに池があるでしょ。あの岩の下とかにザリガニがいて・・・そういうのとったりしてた。」

指差すと、バジルがその先を見つめる。何の面白味も無い池なのに、なんだか、申し訳なくもあり嬉しくもある。


2人でそんな取りとめのない話をしながら、適当な場所で腰を降ろした。
悪ふざけのように、靴と靴下を脱ぐと足首までを水につける。

「ぬるい。」

折角冷たいだろうかと思って、綺麗な水のある人工池の方まで来たのに。と、ツナが愚痴るとバジルが笑った。そして、同じように足を水につける。

「・・・でも、気持ち良いですね。」



風が、木々を揺らす。緑の葉が、ざわざわと音を立てて。時折、激しい太陽の光を漏らす。

葉の不規則な影がバジルの白い肌の上に落ちていた。
その影を辿ると、伏せた睫に行き会う。

バジルは視線に応えることもなく、じ・・・と視線を落としている。水の中の、つま先へ。


バジルのその遠い横顔を見て、ツナは喉を鳴らした。恐怖のような、泣きたいような気持ちだった。


夏が、終わる。もう、間もなく。


今、肌を焼く太陽の熱も、喧しい蝉の声も、緑の葉も、ぬるい水も、何もかもがもうすぐなくなる。
夏なんて短いものだ。高々2ヶ月しかない。

そして夏が終われば学校が始まる。いつもの日常に戻る。
バジルも、イタリアへ帰る。

元々家光の帰省に巻き込まれてついてきただけだった。だから、これは束の間の日。

「・・・バジルくん、後でアイス買って帰ろっか。」
「良いですね、きっと美味しいですよ。」

今日は暑いですから。と、笑うバジルの声にほっとする。

こんな暑さが続いて、彼が気付かなければ良い。迫り来る夏のお終いに、気付かないでいてくれれば良い。なんて、馬鹿げた話。

夏はもう終わるのだ。だから、こんなにも自分は切ないのに。




ぱしゃん。


バジルが、右足を上げた。
つま先から、水が伝う。もう一度水の中に沈めると、水面が揺れて白い光を跳ね返してきた。




どうか、忘れないでいて。

ツナは、言葉に出来ないままに思う。願う。


バジルとツナの世界は遠い。イタリアと日本だとか、そんなものじゃない。そんな意味じゃなくて、彼は、彼の世界は自分とは違う。

だから、今束の間の夏休みが終われば
彼の世界は自分の知らないものへ変わる。その世界のバジルの姿をツナは知らない。




ただ




この水面の
揺ら揺ら、輝く太陽の光を、どうか忘れないで。
2人並んで水辺に座る夏の日を、忘れないでいて、欲しい。


「・・・帰ろっか、バジルくん。」


もうすぐ君は、オレの知らない世界に帰ってしまうけど。
でも、どうか、・・・思い出して。


君の為の世界は、オレの隣にもあることを。この、日本にだっていつだって逃げてくれば良いってことを。


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