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地下鉄   ディノバジ





「・・・・・」

ロマーリオから、何とも平凡で、何気ない風に伝えられた言葉を仕事片手にぼんやり聞いて、ディーノはあんぐりと口を開けてしまった。

何故、この優秀な部下はこんな一大事を、そんなにも普通に普通に、口にするのか。


「・・・何だって?」

「いや、だからバジルが遅れるってよ。何でも地下鉄で乗り間違えたらしい。今路線図見ながら電車捜してるから、遅くなると思いますが・・・ってな連絡が」
「それ、一大事じゃねぇかよ」

まだぼんやりと、珈琲なんか淹れながら報告しているロマーリオに突っ込む。
パソコン画面に浮かぶ仕事の話なんて、この時点でもうアウトオブ眼中だ。

「何でだよ。別にバジルに頼んだのは単なるおつかい程度のもんだし、そこまで遅れたって困らないぜ?」

日本滞在期間が延びたバジルは、同じく仕事の関係でまだ日本を離れないキャバッローネの元で修行と題してお手伝いをしている。
今日も、ある書類を受け取りに東京の方まで行ってきて欲しいというおつかいを頼んだのだが・・・それが、遅れると言うのだ。
確かに書類は遅れても問題無い。
別に重要機密というわけでもなし、単なる資料なのでもし万一があってもまた取りに行けば良いのだ。
しかし、問題はそんなところではない。

「・・・お前な、バジルから連絡受けたんだろ?」
「あぁ」
「バジル、何つってたんだよ」
「あ?・・・だから、電車乗り間違えて今路線図見て探してるって・・・」
「・・・それ、迷子じゃねぇかよ!」
「・・・そうか?」

きょとん、としている部下に溜め息をついて、パソコンはもうシャットダウン。

「お前、日本の東京の電車なんて、あれだろ、ダンジョン並みの複雑さだってこの間何かで読んだぜ?」
「あー、らしいな。」
「地下鉄なんざ更に解り難いらしいし。・・・で、それでバジルは乗り間違えて今路線図見て探してるって言ったんだろ。乗り間違えたから、戻りますじゃなくって。」
「・・・そういや、そうだな・・・」
「アイツ今、迷子なんだよ。」
「・・・何か、口調が確りしてるから気付かなかったな・・・悪いボス、今すぐ探しに行ってくる。」

自分が同じ事を言えばすぐに気付いたのだろうに、と苦笑しながらディーノはジャケットを羽織った。

「いや、オレも行く。・・・でも、すれ違いになりそうだな・・・」
「ダンジョンだしな。・・・オレもさすがに地下鉄には詳しく無いしな・・・。」

ふぅ、と2人で息を吐いて。
ディーノは内線でボスの指令を一つ。

「・・・オレだ。悪いけど、手の空いてる奴何十人か今から外に出てくれ。」




・・・と、キャバッローネ仮本部でそんなやりとりが行われている頃。

バジルは東京駅を彷徨っていた。
最早自分の居る位置すらわからず、途方に暮れてしまう。

(・・・やはり親方様や沢田殿の日本は凄い国です。こんなに複雑な駅と電車を皆さん使いこなしているなんて・・・)

ひらひらふわふわした女の子たちだって、バジルの前を颯爽と、迷う様子もなく進んでいく。
それにちょっと凹みながら、バジルも実は人並みには持ち合わせているプライドでもって迷子には見られたくなく、何食わぬ顔で進みながら案内板を探す。

が、その案内板からしてバジルには解読困難なのだ。
実はバジルは、日本語の読み書きはそんなに得意ではない。寧ろ書きは殆ど出来ない。漢字なんて・・・

そんなわけで、もうこれはしらみつぶしにでも全ての通路を歩いて見つけ出すしかないと腹に決めて、バジルはより一層わけのわからない方面へと迷い無く進んで行ってしまう。

下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、というのは親方様に教えてもらった日本の言葉だったが、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥・・・なんて言葉もあった事はすっかり忘れていた。

と、言うよりバジルは人を頼る事が苦手だ。

遠慮がち、と言うより不器用というかプライドが高いというか、何というか。
バジルは兎に角自分と人との間に溝を置きたがる癖があるので、基本的に人に弱音は吐かない、吐けないのだ。
見ず知らずの人間になんて尚更。

本当は、・・・ロマーリオに正直に言おうかとも思ったのだけれど。迷子になりました、と。
でも、そんな事微塵も思っていないロマーリオにそれを言うのは憚られたし、一人前に扱われている以上やっぱりそんな甘えを口に出すことは出来なかった。

頑張って探そう。

自分の足で何とかしようと進んでいたバジルの前で、先ほどまでとは少々違ったざわめきが聞こえる。
何やら不安がって逃げてくる人も居る様子で、一体何があるのかと覗いた先には・・・

「・・・え!?」

黒スーツを身に纏ったイタリアンマフィアが、それこそぞろぞろとあちらこちら分散して歩いていた。


「・・・ボス、居ましたぜ!!」
「ボス、こちらです!!」

そしてバジルと目が合った瞬間、大声で叫ぶ。ありがたいのはイタリア語なことで、これが日本語だったらもうバジルは恥ずかしくて気が狂うところだった。


間もなく走ってきたディーノは、大勢の部下の中なので転ぶこともなく颯爽と現れて・・・バジルの顔を見ると、安心したように深く息を吐いた。

「・・・良かった。ったく、心配すんだろ。」
「・・・あ、あの、ディーノ殿・・・これは・・・」
「お前を捜しに来たんだよ。」

迷子になったんだろ。と、はっきり口にするディーノにバジルは驚く。

「え?」

「違うのか?」
「・・・いえ、・・・あの・・・すみません、電車がわからなくなってしまって・・・」

ぽつりぽつり、正直に漏らすバジルに苦笑して、ディーノは小さな恋人の身体をぎゅっと抱き寄せた。

「・・・だったらちゃんとそう言わねーと、ロマーリオだってわかんねぇだろ。」
「・・・じゃあ、何でここに・・・」

「オレはお前が甘えないの、知ってるからな。」

でも、こういう時はちゃんと言えよ。なんて、冗談のように軽く小突いて。

今度はどこかへ行ってしまわないようにと、肩を抱く腕の逞しさにバジルは頬を赤く染める。

「・・・ま、ちょっと大袈裟になっちまったけどな。」


見れば一体何十人連れて来たのか、そろそろ警察でも呼ばれそうな状態に苦笑するディーノに、漸くバジルも同じような笑顔を返した。


この、大袈裟なまでの優しさがとても嬉しかった。なんて、とてもバジルの性格では言えないのだけれど。


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